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おシャカさまの教え「6つめの愛」とはおシャカさま、愛の5段活用
昔々…とても複雑で難しい恋愛をしていた時期があります。
かかわっていた人、みんなツラかったと思います。
そんな時、ナンの気なしに「仏教辞典」で「愛」を引いてみました。
書かれている1行1行が、わたしの目の前の薄い膜を
1枚ずづはがしてくれるようでした。
ほんとうに「ぶっとび」ました。
仏教というと、固いはなし、難しいはなし、と思われるかもしれません。
でも、おシャカさまという人は、別に神様の生まれ変わりとかではなく、
神様とコンタクトした人でもありません。
16歳で結婚したり、子供もいたり、29歳で妻子を捨てたり、
6年も苦行をしたあげく「やっぱり苦行には意味がなかった」
と言ったりする「人間」です。
ひたすら心の平安を求め、世の中や人間をどう理解するかを研究し、実践しました。
そんなお釈迦様が「恋愛」について、どう解釈しているのか?
これは面白半分ではなく、本当に役にたつと思います。
【仏教辞典】という辞典があります。
ふつ〜の人は知らないと思います。
私が持っているのは中村元先生が監修したものです。
「本地垂迹」とか、「多羅樹」とか、あんまりふつ〜でない単語がふつ〜に載っています。
逆に、「恋」とか「電車」とかは載っていません。
そんな 【仏教辞典】に「愛」という項目を見つけたときは、
それだけでちょっと衝撃でした。
そこを読むと、まず、5つの愛について書いてあります。
【愛】-piya
【親愛】-pema
【欲楽】-rati
【愛欲】-kama
【渇愛】-tanha
辞典の言葉をそのまま書くと難しいので、ぶっちゃけ、わかりやすい解釈で書きますね。
(1)【愛】→自分や親、兄弟などに対する愛情=要は「自己愛」です。
(2)【親愛】→友達に対する「友情」です。
(3)【欲楽】→特定の異性に対する愛情、すなわち「恋愛」です。
(4)【愛欲】→性的な愛。性欲。「性愛」です。
(5)【渇愛】→愛が進行して「病的」になった状態です。
さて、あなたは、今、どこにいますか?
あるいは、あなたの心は、今、どの状態ですか?
私は、これを「人が生まれてから、順番に体験する愛」だと考えています。
つまり、生まれて最初に自分を愛し、親を愛し、兄弟を愛す。
つぎに友達ができて、恋愛をして、セックスもする。
ところが、いつか
「どんなに愛を確かめ合っても『渇いて』しょうがない」
「どれだけ好きでいても『渇いて』しょうがない」
「とつぜん相手がいなくなって『渇いて』しょうがない」
という状況がきます。
とてもつらい、苦しい状態です。
たとえば、嫉妬に狂って破壊的な行動(自分に対してもですよ)をする人は【渇愛】真っ最中です。
たとえば、ストーカー行為に走る人も【渇愛】真っ最中です。
あるいは、つらくてくるしくて、鬱状態になっている人もも【渇愛】真っ最中です。
これが【渇愛】ですが、この渇愛ももともとは、自己愛から生じたものだ、
というのがおシャカさまの教えです。
というか、(1)〜(5)まで、結局はぜ〜んぶ「自己愛」なんだよ、ということです。
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